human and environment
2-1. 自然環境破壊 - ニホンザルの四肢奇形問題 -
- 地球環境問題の解決に向けて - 谷口 文章
- A. ニホンザルの奇形問題の歴史
- 日本でサルの餌付けが始まったのは1952年(昭和27年)である。そして3年後の1955年(昭和30年)に初めて奇形ザルの発生が報告された。最初は大分県の高崎山であったが、その後も各地の野猿公苑で確認されている。注目すべきことは、日本全国の広域にわたって、いずれも餌付け後に同じかたちで発生していることであり、共通の因子によって発生していると思われる。そして高度経済成長がピークに達した年と発生率のピーク(昭和45、46年)が重なっているという点も見過ごせない。その世代が子どもを産む年代になり、世代間倫理の問題になろうとしているからである。
奇形ザル・新生児(兵庫県淡路島モンキーセンターにて 1990年8月)
ニホンザルにおける奇形の発生部所は主として四肢に集中している。その形態は、短指・欠指・単指・裂指・合指・裂手(足)などに分けられる。そして、重度のものになると手首から先が欠落したり、後ろ足の付け根から欠落しているもの、9本指のものまで一連の症候群のかたちで発生している。
奇形の原因については調査・実験の結果、遺伝要因のみでは証明できないことがわかった。そして次に、環境要因の検討が行なわれ、餌に残留した農薬や大気・土壌に含まれる汚染物質の影響が疑われている。
現在までにわかっているデータによると、今は使用禁止の農薬シクロジエン系ヘプタクロール、ディルドリン、BHCなどの有機塩素系農薬は奇形のサルの体内に健常なサルより高い倍率で残留している。こうした有機塩素系農薬はすべて、発癌性、催奇性があり、残留・蓄積性が強い。その他、スミチオン、マラソンなどの農薬があり、輸入米、輸入小麦に高い倍率で残留していたという報告があった。また発癌性、催奇性の強いアフラトキシンB1(AFB1)という物質も微量ながら、サルの餌となる小麦、大豆、落花生などから検出されている。加えてダイオキシンの影響が問題であるが、今のところニホンザルでは測定が行なわれていない。
- B. 淡路島モンキーセンター
- 兵庫県にある淡路島モンキーセンターは、1967年(昭和42年)1月に餌付けを開始、4月に開園した。目的は農作物の被害を防ぐこと、サルの頭数の安定、観光化による商業的発展などであった。餌付けの2年後、奇形ザルが次々と発生し始めた。昭和44年には9本指の「ミラーフット」をもつサルが誕生し、翌45年には奇形発生率が66%、次の46年には85%になった。29年間の平均は17.5%である。昭和48年から学術関係者による調査を開始。重度の奇形ザル、つまり、昭和52年に大五郎誕生、55年にコータ、60年にハヤト、ミナトが誕生した。近年は、花粉症も問題となっている。
花粉症
淡路島モンキーセンター・新生児内訳 |
西 暦 | 出生頭数 | 摘 要 |
1969 | 13(7) |
ミラーフット
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1970 | 12(8) | |
1971 | 14(12) | 死産2頭を含む |
1972 | 7(1) | |
1973 | 14(2) | |
1974 | 16(3) | |
1975 | 17(2) | コータロー |
1976 | 18(6) | ナダ、キンタロー |
1977 | 17( 8) | モッコス、バネ、大五郎 |
1978 | 26(7) | サブロー |
1979 | 26(2) | タナゴ |
1980 | 23(5) | コータ、カブ、又三
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1981 | 24(1) | カンタ |
1982 | 24(1) | |
1983 | 20(1) | |
1984 | 22(3) | |
1985 | 27(4) | ミナト、アイノ、ハヤト |
1986 | 22(2) | ユウキ |
1987 | 30(7) | メグ、ジュン |
1988 | 36(3) | |
1989 | 32(4) | |
1990 | 38(10) | |
1991 | 35(6) | |
1992 | 46(5) | |
1993 | 43(4) | |
1994 | 48(2) | |
1995 | 33(7) | |
1996 | 42(7) | |
1997 | 30(5) | |
1998 | 34(3) | |
合計 | 789(138) | 奇形発生率の平均 17.5% |
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※( )内は奇形個体数
(淡路島モンキーセンター提供)
- C. 奇形ザル問題から学ぶこと
- 淡路島モンキーセンターの群れは親和的で、奇形ザルも含めて通常の生活をしているが、危機が生じたときにはおたがいに助け合う、いわば無理のない福祉社会がつくられている。
生活の身の回りには、現在の日本では、農薬と食品添加物だけでも12000種類の化合物がある。これらの使用認可に際して行なわれるネズミやウサギの実験のみで、個体差のあるサルや人間の発現状況が確信できるものだろうか。実際の複合汚染の相乗作用や相加作用についてはほとんど分かっていないのが現状である。
先進国で使用禁止になった農薬が途上国にまわされ、その農産物の輸入によって戻ってくるという「ブーメラン現象」にみられるように、企業のエゴ、市場経済のシステムの問題が浮き彫りとなる。ある意味でわれわれ自身も被害者であると同時に加害者でもある。サルの奇形問題から人間の行く末について、また福祉社会について、多くのことを学ぶことができるであろう。
※この節は、淡路島モンキーセンターの貴重な資料、中橋実『がんばれコータ』(長征社)、センターの元所長 中橋実氏、現所長 延原利和御夫妻の御協力に負うところが大である。心よりお礼申し上げます。
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